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12石仏拓本のこと

石仏拓本のこと

石仏拓本のこと
 森泉音三郎
 私たちの極く身近にある石仏を長年研究しつづけておられる池田三四郎さんが、こんどその研究をまとめて「信州の石仏」という本を出版することになったので、私に石仏拓本のことに就いて書くようにといわれます。申すまでもなく私は技術だけに生きている者ですが、私のせまいわずかの経験が何等かのお役に立つことになれば、直接御指導下さった故柳宗悦先生のお心にそうことにもなると思いますので、筆を執ることにしました。
 まず私、がどうして信州の石仏拓本を取ることになったかをお話しておきたいと思います。
 戦後なお日の浅い頃、松本に日本民芸協会長野県支部が結成され、そして昭和二十五、六年頃は松本での各分野の民芸運動は大変活発に展開されておりました。その一環として、松本地方の石像を拓本として、日本民芸館に収蔵することになり、前から多少の経験をもつ私がそれを担当することになりました。
 当時柳先生は年に三、四回は松本にこられて、その都度、松本平を巡遊され、時には不便な山間の村に残る石仏も探られました。その折には大概私もお伴をすることになり、先生の御指導によって私が採拓するということが度々でありました。そして昭和二十七年五月に私の手になる「信州石仏拓本特別展」が、東京駒場の日本民芸館で開催されました。
 また柳先生の選択指導で私の採拓したものが、ミシガン大学東洋美術部に二十点、又レジオンオーナー博物館福館長のエザベス・ウイリス夫人によってアメリカに持帰られ同博物館に二十数点。その他アメリカでの展覧会は二回、パリで開催された日本民芸館展にも出品されました。このような時の私の感激は今も忘れることができません。これはいつに柳先生の御推輓と民芸同人の方々の御支援によるもので、今でも感謝しております。その柳先生は昭和三十六年四月に逝去されました。私は精神的な大きな支柱を失って一時は空腹な心をうめるよすがもなく呆然といたしましたが、故先生の求められた世界の中でその一部分ではあっても一歩でも推進することが私の役目であると思って、今日まで精進をつづけております。
 さて「拓本」というと、古くから日本人になじみ深い中国の書道の手本である法帖とか、書画を思いうかべます。黒々とした面に字体がくっきり白く現わされているもの、美しい白い線で画像を浮上がらせているもの、また陽刻から採られたものは画の面が少し高くなっていて、そのもり上がりが一センチくらいのものなどは多く墨で表現されています。このほかに朱・紺碧などありますが、墨で採られたものが一番多いと思っています。
 しかし中国のこうした拓本には原拓と見られるものは大変すくなく、大部分の拓本は木に再刻したものから拓しています。その上、中国の拓本と日本の拓本とは使用する道具・墨色・技法などがちがいますので、おのづと出来上がりは異なってきます。そして、採拓されたものを見ると、石・金属・木などの質感が出て拓した元の材質がはっきり分ります。
 採拓は原像と紙と墨にかぎられた材料を使って、たんぽでたたきながら表現してゆくので人間の知恵とか器用さとかは余り通用しないように思います。最初私は線彫(陰刻)のものからはじめ、漸次手慣れてから浮彫(陽刻)の像にうつりました。原像に噴霧器か、濡らした布で水をつけ、その上に紙を密着させます。(この場合淡い布糊をまぜた水を使うこともあります)像と紙がしっくり落着いてから、墨を含ませたたんぽで軽く念入りにたたきながら墨をつけてゆきます。そして像を浮上らせてゆくわけです。私はこの作業を表現といいたいのです。古い石碑の細部は長年の風雪にさらされていたみがひどく一見定かに分らないものが多いのですが、無心にたんぽで叩いていると今まで見えなかったものが現われてきます。そしてわからなかった年代などがはっきり見られるようになると、胸のおどるような思いがします。それには原像をよく観察して、一、二度の失敗は覚悟で私はやってみます。やや納得のゆくものの採れるようになるのは三度目くらいからです。いうまでもなく像と採拓する者との呼吸が合わなければ、よい拓本を得ることはできないと思います。そうした意味で私は単に採拓といわず表現ということにしています。
 最初、私は拓をとるのに画紙紙とくに中国画箋・二番唐紙・日本画箋などを使うものと思っていましたが、柳先生の御意見で、長野県内山(うちやま)紙を使うこととなり、この純白のものは採拓によくむくことがわかりました。
 墨は絵画的な感じのでるように墨色がやわらかく分子の極く細かいものが適していると思います。そして面倒だからといって摺りためておいたいわゆる宿墨でなくて、その時々に摺ったものを使うようにすることも大事です。この方が墨の発色がよく美しくなります。どうしても摺りためておいたものを日を経て使うような場合は、数溺のアルコールを落しておくことです。墨汁などはさけるべきです。
 次にたんぽですが、やわらかい細かい目のつんだ木綿二、三枚に綿を芯に包んで人形の頭くらいのものをニ個用意します、一方はそれより少し大きめにして、それに墨をたっぷり含ませておき、片方のたんぽでその墨をふくませた、たんぽを叩くようにして墨をうけて、それを像になじませておいた紙の上を軽く念を入れてたたくようにして墨をつけてゆきます、この場合墨をつけすぎたり、性急にたたいたりすると、よい像を表現することができなくなります。
 このように説明すると簡単ですが、要は自分でよく研究しながら回を重ねて自然にコツを会得することです。また忘れてならないことは、たとえ野にある石仏でもかならず所有者のあるものであり、ましてわれわれ民族の文化遺産でもあるわけですからくれぐれも大事に扱うことで、その所在地の誰かに聞いて許可を得てからにしたいものです。もう一つは、像をよく採ろうとして、苔などを剥がす時は余程の心遺いと熟練がいるので、初心の人はそれまでしない
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